ユーザーイノベーション教室

ユーザーイノベーションについて、分かりやすくお伝えします。

マスキングテープの誕生

前回のブログ記事で

 

  1. イノベーションとは「未来にある普通のものを作ること」
  2. メーカーだけでなく、ユーザーもそれを行うことがある

 

という話をしました。 

今回、その一つの事例としてマスキングテープを紹介します。

 

マスキングテープという製品をご存知でしょうか?

塗装の際、色を塗らない部分を保護するために、粘着テープなどを一時的に貼ることを「マスキング」と言います。マスキングテープとはその粘着テープのことです。

 

下の写真は建物の外壁にシーリング材という防水材料を塗っている様子です。シーリング材が対象箇所からはみ出さないように青色のマスキングテープが貼られています。作業が終わると、このテープは剥がされます。

 

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(提供:カモ井加工紙

 

一般の人にとってはあまり馴染みがないかもしれませんが、マスキングテープはシーリングや建築塗装、自動車塗装の現場では必需品として使用されています。

いわゆる、工業用途の副資材です。

 

世界で最初のマスキングテープは、1925年にアメリカのスリーエム社によって商品化されました。開発したのは、同社のリチャード・ドリューというエンジニアです。

 

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(出所:http://www.msthalloffame.org/images/2009_images/Richard_Drew.jpg

 

こう言ってしまうと、単にスリーエム社というメーカーがマスキングテープという「未来にある普通のもの」を1920年代に作ったという話にしか聞こえないかもしれません。

ところが、必ずしも単純にそうとは言い切れないエピソードが残されています*1

 

ドリューがマスキングテープを開発する数年前、医療関連メーカーのジョンソン・エンド・ジョンソン社のある代理店で、外科用の布製粘着テープが異常な売れ行きを示していました。

調べてみると、それを買っていたのは病院ではなく、どういうわけか自動車工場だったのです。

 

当時、アメリカではツートンカラーの自動車が流行していました。

その頃の自動車工場は、既にベルトコンベアによる大量生産システムが導入されており、職人技に依存することなく、きれいに、かつ短時間で車体の色を塗り分けることが求められていました。

そこで、その作業に使われていたのが医療用テープだったのです。

 

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(出所:http://www.acs.org/content/acs/en/education/whatischemistry/landmarks/scotchtape/_jcr_content/articleContent/columnsbootstrap_1/column1/image.img.jpg/1380212631475.jpg

 

冒頭で、

 

  • 塗装の際、色を塗らない部分を保護するために、粘着テープなどを一時的に貼ることを「マスキング」と言います
  • マスキングテープとはその粘着テープのことです

 

と言いました。

だとすると、自動車工場の工員が使っていたのは「マスキングテープ」そのものです。

つまり、彼らは医療用テープという既製品の用途変更を行うことで、マスキングテープという製品をスリーエム社に先んじて創造していたことになります。

 

但し、それは「製品」と呼ぶには荒削りで、どちらかと言うと「試作品」の段階でした。

実際、医療用のテープは、マスキング作業で使うには、粘着力が不十分で剥がれやすく、また布目の間から塗料がしみ込むといった問題がありました。

 

その解決を試みたのがドリューです。

ドリューは、スリーエム社の主力商品だったサンドペーパーの試作品をテストしてもらうために自動車工場を訪ねていました。

そこで、(1)自動車工場の工員が「マスキング」というニーズを有していること、(2)その解決策として医療用テープの用途変更を行っていたこと、(3)その「荒削りな試作品」にはさらなる改善が必要だったことを知ったのです。

 

試行錯誤の末、1925年、ドリューはクラフト紙を使ったマスキングテープの開発に成功しました。

但し、クラフト紙は車体のカーブに貼るには、十分な伸縮性に欠けていたため、別の素材を探して開発し直す必要がありました。

そこでドリューはさらに改良を重ねて、1930年、クレープ紙を使ったマスキングテープを開発しました。

 

ドリューが開発したマスキングテープは「スコッチ」というブランド名で販売され、その後、スリーエム社の主力商品の一つに育ちました。

今でも現役の商品です。 

3M スコッチ クレープマスキングテープ #232 24mm×55m巻 

こうした一連の流れを見ると、マスキングテープスリーエム社というメーカーが必ずしも単独で行ったイノベーションではなく、自動車工場の工員というユーザーが初期の段階で重要な役割を果たしていたことが分かると思います。

 

ここでのメーカーの役割は、ユーザーが開発した(革新的ではあるものの)「荒削りな試作品」に改良を加え、「製品」としての完成度を高めた点にあります。もちろん、だからこそ、マスキングテープは普及したのです。

 

言い換えると、前回のブログ記事で、イノベーション=革新+普及と述べましたが、マスキングテープの事例では、ユーザーが「革新」に貢献し、メーカーは「普及」に貢献したとしたと言えるでしょう。

マスキングテープをユーザーイノベーションの事例として紹介したのはこのためです。

 

但し、マスキングテープの話はこれで終わりではありません。

その後、思いも寄らない意外なユーザーによって新たなイノベーションがもたらされたのです。

今回紹介した1920年代の出来事がマスキングテープの第一次ユーザーイノベーションだとすると、時を経て第二次ユーザーイノベーションが起きたというわけです。

その舞台は、2000年代の日本です。

次回以降、この「物語」を複数回にわたって詳しくご紹介します。 

*1:

日東電工のホームページにおける「粘着テープの歴史」、並びに主婦の友社編(2008)『マスキングテープの本』主婦の友社(pp.24-27)を参考に記述。