3人の女性
前回のブログ記事で、(工業用)マスキングテープは1920年代のアメリカでユーザーイノベーションによって誕生したという話をしました。
一方、日本で最初のマスキングテープは、1938年に日本粘着テープ工業によって生産が開始されました。素材については、アメリカはクレープ紙でしたが、日本では和紙が使われました。
和紙は、クレープ紙に比べて一層厚みが薄く、塗料との段差がほとんど生じないという利点がありました。
また、手で簡単にちぎることができるにもかかわらず、塗装を終えた後、一気に引き剥がしても途中で破れることのない強度があるため、マスキングテープの素材に適していました。
現在、和紙材のマスキングテープは、建築塗装やシーリング、自動車塗装などの現場で使われていて、国内市場の規模は100億円弱と推定されています*1。
さて、今回から複数回に亘って、この和紙材のマスキングテープにこれまでなかった全く新しい市場が誕生したという話をします。
ここでも初期の段階でユーザーが重要な役割を果たしました。
1920年代のアメリカに続く、マスキングテープの第二次ユーザーイノベーションです。
舞台は2000年代の日本。「物語」の主人公は、3人の女性です。
その3人とは、
- ロバロバカフェというギャラリーカフェのオーナー、いのまたせいこさん
- コラージュ作家のオギハラナミさん
- グラフィックデザイナーの辻本歩さん
です。
オギハラさんと辻本さんは、ロバロバカフェの常連客で、3人は互いに顔見知りでした。そんな彼女たちが偶然にも揃って愛用していたものがあります。それは、工業用のマスキングテープでした。
建築塗装や自動車塗装の現場とは一見縁もゆかりもなさそうな3人の女性が、工業用途の副資材を一体どう「愛用」していたのでしょうか?
結論を先に言うと、彼女たちはそれを本来のマスキング用途ではなく、装飾目的の雑貨用途で使っていたのです。
個人でもホームセンターなどで比較的簡単に入手できたというのも理由の一つですが、何よりも和紙の素材感や透け感、手でちぎったときの風合いが、装飾雑貨に適していたというのが一番の理由です。
(イメージ写真:工業用のマスキングテープを使った装飾事例*2)
そしてもう一つ重要な点は、マスキングテープは色の種類が豊富で、カラフルなものが多かったことです。
マスキングテープは、用途別に青や黄、緑、紫など様々な種類のものがあります。これらは作業終了後、剥がし忘れをしないよう目立たせるために着色されたものです。
建築現場では、足場を組むのに時間(=コスト)がかかります。作業が終わって足場を解体した後、マスキングテープの剥がし残しがあることに気づいた場合、改めて足場を組み直さないといけなくなります。
そのような事態を避けるため、目立つ色が採用されているのです。
ここで、3人の女性がどういった経緯でこうした使い方をするようになったのか、少し詳しく見ていきましょう。
いのまたさん
いのまたさんは、学生時代に学校で家具を製作しており、その頃から、色を塗り分けるのにマスキングテープを使っていました。
その後も、ペンキ塗りが趣味だったことから、自宅の壁や オートバイの塗装を日常的に行い、そこでもマスキングテープを使用していました。
2002年にロバロバカフェをオープンしてからは、自宅にあった余りを店に持っていき、本来の用途とは別の目的で使うようになりました。
具体的には、来店客がお店で購入した本や小物を紙袋に入れ、それを留めるのにマスキングテープを使い始めたのです。
ロバロバカフェでは、買い物を終えた客が店内で飲食をし、またその後、追加の買い物をするということがよくありました。その場合、セロハンテープで紙袋を留めておくと、剥がしたとき袋が傷み、テープにも紙素材が付着してしまいます。それに対し、マスキングテープであれば跡を残すことなく、きれいに剥がすことができるというのがその一番の理由でした。
中でも黄色を好んで使っていたそうです。
また、作家や他のギャラリーから届いたダイレクトメール を店内の壁に貼るのにもマスキングテープを使っていました。
大事なダイレクトメールにピンを刺して穴をあけたくなかったというのもさることながら、マスキングテープは色の種類が豊富なため、複数の色を組み合わせることで、「楽しげ」に見えるという効果もあったからです。
オギハラさん
オギハラさんもいのまたさんと同様、マスキングテープを学生時代の頃から使っていました。当時は美術の授業で本来のマスキング用に使っていましたが、
絵の具のついたマスキングテープをきれいだなあと思ってパネルのうしろに貼ったりしていたから、ちょっとフツーではない目線で好きだったのかも
と振り返っています*3。
その後、ロバロバカフェでいのまたさんが買い物袋を留めるのに貼っていた黄色のマスキングテープが目に留まり、 それを剥がして手紙(封筒)に貼ったり、自身のコラージュにも使うようになりました。
他にもラッピングに使ったり、お菓子の袋や弁当を包んだ紙を留めるのにも使用していました。
いのまたさんは、オギハラさんがこのような使い方をしているのを知って、強い衝撃を受け、感心し、心を奪われたそうです。
辻本さん
元々、学生の頃や仕事でマスキングテープを使っていた辻本さんは、グラフィックデザイナーとしての仕事の傍ら、“Booklet”と呼ばれる自主制作本を発行していました。
その際、表紙にマスキングテープを装飾的に貼っていたほか、購入者に本を送付する際、透明のポリ袋に入れて留めるアイテムとしてマスキングテープを使っていました。
また、手紙を出すとき、封筒に色とりどりのマスキングテープを貼り、その上に宛名や差出人を書くといった使い方もしていました。
辻本さんもオギハラさんに影響を受けた一人で、
はじめに、その「可愛らしさ」を発見し、私たちに教えてくれたのはオギハラさん
で、
彼女の報告とコラージュ無しでは、マスキングテープは私たちの間ではここまでfavoriteなアイテムになりませんでした
と語っています*4。
そんな3人が2006年のある日、マスキングテープの使い方について語らう機会があり、以降、これが共通の関心事になりました。
そうした中、辻本さんは、オギハラさんといのまたさんのマスキングテープの使い方に逐一関心を示しつつ、その後、2人の知らない他の色のマスキングテープに関する情報を集め、他県にある大型のホームセンターへの買い出しに2人を誘っています。
それがきっかけで3人は単にマスキングテープを自分たちで愛用するだけに留まらず、その使い方を様々な方法で広める活動を行うようになりました。
一体どんなことをしたのでしょうか?
この続きは次回。