ユーザーイノベーション教室

ユーザーイノベーションについて、分かりやすくお伝えします。

同業他社の対応

マスキングテープ国内主力メーカーは、カモ井以外に日東電工住友スリーエム*1ニチバンニトムズ積水化学工業リンレイテープの6社あります(以下、匿名表記)。

これらの同業他社は、雑貨用途の新市場をどのように見ていたのでしょうか。

 

実は、3人の女性は、当該6社に対してもコンタクトを図っていました。

既述の通り、「MT マスキングテープを使った作品展」を開催するにあたって、1口2万円の協賛金もしくはマスキングテープの現品提供を依頼していたのです。

そのとき、依頼文に添えて、1冊目の自主制作本、“MTGB”と作品展の案内を同封していました。

 

f:id:shorikai:20150804113058j:plain

作品展の案内

 

つまり、カモ井だけでなく、同業他社の6社のもとにもマスキングテープの雑貨用途という「頼みもしないアイデア」が届けられていたのです。

しかし、協賛金と現品提供の双方で協力を行ったカモ井とは対照的に、当該6社の反応は芳しいものではありませんでした。

E社からはマスキングテープが1箱送られてきたものの、B社からは断りの回答があり、残る4社に至っては回答すら得られませんでした。

唯一、協力したE社にしても、特に目論見があったわけでなく、「半ばボランティアの気持ちで対応した」だけで、作品展の会場にも足を運んでいません。

その後、礼状を受け取った以外に一切やりとりはありません。

また、当該6社はカモ井がmtを上市してからも、雑貨市場への参入意欲は乏しかったのです*2

 

なぜ、カモ井以外の6メーカーは雑貨用途の事業化に関心を示さなかったのでしょうか。

理由の一つに補完資産への投資に関わる問題があります。

確かに、3人の女性が行った用途革新は本質的には用途のみの革新であり、マスキングテープという製品そのものは既に開発され、生産もされていました

その意味では、新規に開発・生産投資を行わないといけない製品革新に比べて、事業化の敷居は低かったと考えられます。

しかし、カモ井がそうであったように、3人の女性が行ったマスキングテープの用途革新を事業化するには、製品そのものの開発だけでなく、雑貨用途に適した補完資産を新たなに獲得する必要があったのです。

具体的には、多品種小ロット生産に対応できる生産技術の確立新たな販売チャネルのの構築です。

実際、D社は当該用途の販路がなかったことが事業化の最大の障壁と認識しており、また、少品種大量生産という既存の工業用途における生産システムとの不適合を、雑貨用途市場を重要視しなかった理由の一つとして挙げています。

同様にE社も工業用途と雑貨用途での生産システムの違いを事業化が困難な要因として挙げています。

また、カモ井以外のメーカーが、雑貨用途に関心を示さなかったもう一つの理由に需要の不確実性という問題があります。

3人の女性が雑貨用途というマスキングテープの新しい可能性を発見したものの、そのことはそれが即、一般的なニーズに発展することを意味するものではありませんでした

むしろ、3人の女性だけの特別なニーズに過ぎない可能性もあったのです。

そのことを裏付けるように、1冊目の自主制作本、“MTGB”を受け取った際、B社とE社はあくまでそれはごく一部の「マニア」による使われ方に過ぎないと見なしていました。

また、A社とE社は、カモ井が事業化を果たした以降も当分の間、雑貨用途市場の拡大にはなお懐疑的な見方をしていました*3

このように雑貨用途の事業化を行うには、補完資産への投資問題需要の不確実性問題という二つの課題が立ちはだかっていたのです。

換言すると、需要が不確実な中、補完資産へ投資しないといけないという問題が、当該6社の雑貨用途市場への参入を阻んでいたのです。

 

では、なぜこれらのメーカーにとって雑貨用途は需要の不確実性が高かったのでしょうか

次回はこの点についてもう少し踏み込んでお話します。

*1:2014年9月、スリーエムジャパンに社名変更。

*2:C社は、カモ井による事業化から約5年が経過し、小売市場が20億円規模に拡大した2012年10月に、新ブランドを立ち上げ、雑貨用途市場に参入しました。またE社も2013年2月に追随参入しています。なお、B社は、 “mt”の発売開始から約2年後の2010年1月という比較的早い時期に雑貨用途のマスキングテープを上市していますが、取扱店は、ホームセンターやスーパーマーケットなどであり、ファッション性の高い“mt”とは、販路が異なっていました。商品ラインナップも、2010年1月の発売当初から2種類のみとなっています。

*3:A社は「工業用途は、大量生産、大量販売が専らで、単価は30円程度であり、それが色をカラフルにしただけで、150円といった価格で本当に売れ続けるのか疑問視していた」と言います。またE社も一過性のブームに終わると予測していました。