ユーザーイノベーション教室

ユーザーイノベーションについて、分かりやすくお伝えします。

補完資産への投資

前回のブログ記事で、3人の女性がカモ井の製品開発プロセスに積極関与したことで、雑貨用途のマスキングテープが完成したという話をしました。

しかし、どんなに優れた製品を開発してもそれだけではビジネスにはなりません。

  • その製品をどう効率よく生産するのか
  • その製品をどこで販売するのか

これらに関する具体的かつ有効な手立てがなければ、製品から収益を得ることはできません。

こうした生産に関わるノウハウ(生産技術)販売チャネルのことを経営学では補完資産(Complementary Assets)と言います*1

3人の女性が行った「マスキングテープの用途革新」を事業化するには、製品そのものの開発で事足りるわけではなく、雑貨用途に適した補完資産を新たに獲得する必要があったのです。

この点について、カモ井はどう取り組んだのでしょうか。

 

1.生産に関わるノウハウ

 

従来の工業用途では、大ロット生産のラインが組まれており、通常、10,000mの和紙ロールが投入されます。

一方、一般消費者向けの雑貨用途のマスキングテープは、多品種小ロット生産となることから、最大でも2,000m単位での投入になります。

そのため、mtを生産するには、5倍の頻度でラインを止めて、ロール紙の架け替えを行う必要があり、そこにより多くの人手がかかってしまうことが必至でした。

これは、粘着テープ業界では一般的に嫌がられることでした。

しかし、カモ井は、mtの開発と並行して生産工程の検討にも着手し、新たな設備投資を行うことなく、製造工程の組み替え方にある工夫を施すことで、かかる人手を最小限に抑えながら、多品種小ロット生産に対応できる生産技術を確立しました。

(具体的には企業秘密のため非公開)

 

2.販売チャネル

 

カモ井が元々、製造・販売してきたマスキングテープは、工業用途の生産財であり、これらは代理店である卸会社を介し、さらに塗料店などの販売店を通じて企業ユーザーに販売されていました。

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また、一部の製品は、個人ユーザー向けにホームセンターの店頭でも販売されていましたが、それはあくまでDIYカテゴリーであり、ファッション性の高い雑貨用途マスキングテープを一般消費者に向けて販売するには、既存の流通ルートとは異なる新たな販路が必要でした。

そこでカモ井は、mtの上市前に販路に関する具体的な検討に着手しました。

その後、mtの発売を経てカモ井が行ったのが、第一にインターネットによる直販、第二に文具雑貨を扱う卸会社との取引、第三に他社雑貨ブランドのOEM生産、第四に海外販売を企図した現地代理店の開拓でした。

 

1)インターネット直販

カモ井は、mtの上市後、2008年2月に専用のホームページを立ち上げ、まずはそこを通じて一般消費者に直販するところから始めました。

その際、mtの使い方をユーザー自身が投稿できるようにし、mtに興味を持つ他のユーザーが閲覧できるようにしました。

これまで存在していなかった雑貨としてのマスキングテープという新しい市場を作っていく上で、mtの使い方をより多くの人に知ってもらう必要があると考えたからです。

それもアート作品のような高尚なものではなく、一般の人の普段づかいのアイテムとして、「こんなものがある」ということをユーザーの力を借りて広めたかったと言います。

 

2)卸会社との取引

mtの発売から約3ヶ月が経過した2008年2月、カモ井は、東京インターナショナル・ギフトショーに初出店しました。

国内最大のパーソナルギフトと生活雑貨の国際見本市といわれるこの展示会でmtは注目を集め、デザイン感度の高い小規模雑貨店や、東急ハンズやロフトといった大手雑貨店から直接、引き合いが来るようになりました。

これらの小売店に対しては、特定の卸会社を通じて販売する必要がありましたが、そうした問屋についてはmtに興味を持った小売企業から直接紹介をされ、取引の道筋をつけてもらいました。

 

3)OEM生産

カモ井はmtの上市の前後に、P社とQ社からOEM生産の打診を受けています。

調べてみると、P社は日用雑貨を、Q社は文具雑貨を自社ブランドで開発し、各地の小売店を通じて販売しており、いずれもファッション性の高い、mtに近い商材を手掛けていることが判明しました。

そのため、これらの商品が置かれている店舗には、mtと親和性の高いユーザーが集うと推測しました。

カモ井は、まずは、雑貨用途のマスキングテープという製品カテゴリーを一般消費者に認知してもらい、市場そのものを作っていくことが肝要と考えていました。

しかし、一般消費者向けの販路を持っていなかったカモ井は、市場づくりを全て自社で行うのは難しいと判断していました。

そこで、ブランドレベルでは競合することになる他社に敢えてOEM供給することで、当該市場そのものを広げていこうと考えたのです。

以来、カモ井の重要な販売先となっています。

 

4)海外販路

2009年1月、カモ井は日本貿易振興機構ジェトロ)からの誘いで、フランスのパリで開催される世界有数の見本市、メゾン・エ・オブジェの広報ブースに出店することになりました。

このときのジェトロ・ブースのテーマは、「和紙」でした。

これを機に欧州からの引き合いも強くなりました。

翌2010年1月には、自社ブースで再度、メゾン・エ・オブジェに出店し、前回以上の反響を得ました。

この間、カモ井は、今後、欧州で販売展開していくには、ある程度在庫を持ってもらい、各地の小売店に細かなデリバリーができる現地の代理店が必要と考えました。

そこで約1年をかけて、ヨーロッパでのパートナー企業を探し、結果、2社に代理店になってもらいました。

現在は、フランスをメインにヨーロッパ全域を販売エリアとしてカバーし、さらにアジアや北米、オセアニア地域にも販売を展開しています。

 

以上のような経緯を経て、カモ井は雑貨用途に適した生産技術や販売チャネルを獲得するに至りました。

こうした新たな補完資産への投資が行われたことで、mtはビジネスとして成功する環境が整ったのです。

 

その成功ぶりについては次回。

*1:Teece, D. (1986) “Profiting from Technological Innovation.”, Research Policy, 15(6), pp.285-305.