製品開発
前回のブログ記事で、3人の女性が2冊目の自主制作本、“MTPB”の企画の一環でカモ井への工場見学を行ったという話をしました。
3人の女性が工場見学を終えて1、2週間が経った頃、カモ井は「もし仮に新色を20色作るとしたら、どんな色がよいと思いますか?」と3人の女性に尋ねています。
それを聞いて、彼女たちは、大事なのは個々の色の好みではなく、むしろ20色のバランス、つまりグラデーションであると考えました。
そこで、互いに案を持ち寄り、重複している色については、より良いと思われる方を選び、一方、全体のバランスを見て足りないと思われる色は追加するといった作業を行いました。
また、色の区別をつけやすくするために、それぞれの色に銀鼠、牡丹、萌黄などといった日本の伝統色名を割り当てました。
最終的に彼女たちは、20色のセットを2案用意し、これをカモ井に送りました。
ここまでに要したのは、僅か数日でした。
カモ井は、彼女たちからの回答があまりにも迅速で、また色についても「もっと淡い黄色」などと曖昧な表現をするのではなく、DICの色見本帳をもとにピンポイントで指定し、しかも色に名前までつけていたことに驚いたといいます。
これらは、既存の工業用途においてカモ井が蓄積してきた技術的ノウハウとは全く異なる知識でした。
こうした彼女たちの「勢い」に半ば背中を押される形でカモ井は試作品づくりに着手することにしました。
それからしばらく経った2006年10月、3人の女性は「MT マスキングテープを使った作品展」(2007年1月~6月)の開催に先立ち、マスキングテープの国内主要メーカー7社*1に対し、企業協賛の依頼を行いました。
依頼内容は、1口2万円の協賛金、もしくはマスキングテープ現品の提供を求めるものでした。
いずれも作品展の運営費などに充てるのが目的です。
このとき既に前記の工場見学を経て彼女たちとの関係を築いていたカモ井は、協賛金と現物提供の双方で協力を行いました。
その後、年が明けた2007年1月頃からカモ井の谷口さんと高塚さん(工場見学の応対をした2人)は、彼女たちと面談を行うために、頻繁にロバロバカフェを訪ねるようになりました。
当時、いのまたさんは、ホームセンターで購入したマスキングテープの一部を雑貨として「可愛く」ラッピングし直し、ロバロバカフェの店頭に並べていました。
そこで、谷口さんと高塚さんは、実際にそれらをまとめ買いする若い女性の姿を目の当たりにすることとなりました。
しかも、1個当たりの値段はホームセンターのおよそ2倍から3倍でした。
このとき「本当にそんな需要があるのか…」と2人とも驚いたといいます。
また、この頃、3人の女性は「MT マスキングテープを使った作品展」を各地で開催していました。
谷口さんと高塚さんは、その会場にも足を運び、その盛況ぶり*2にも接したことで、「これは本当にいけるかもしれない…」と思ったといいます。
その後、カモ井は、3人の女性が指定した色に基づく試作品を完成させ、彼女たちにその確認を求めています。
ところが、試作品の色合いは、彼女たちの目には、自分たちがカモ井に送ったものと随分と違って見えるものもありました。
粘着材を塗ると色が微妙に変化してしまい、また、後染めだったため、色にもムラがあったのです。
工業用途の世界では、自動車塗装、シーリング、建築塗装とそれぞれ使用環境が異なることから、個々の用途ごとにマスキングテープの粘着度や剥がしやすさ、ちぎりやすさなどの面で微妙なさじ加減が要求されます。
但し、色の精度を要求されたことはそれまで一度もありませんでした。
黄色と言われれば、どんな黄色でも良かったのです。
それに対し、彼女たちの要求する色は「針の穴を通すようなピンポイント」で、要求との僅かな差異も許さなかったのです。
結局、試作品づくりは、彼女たちが納得できるものに仕上がるまで2回行われました。
「不合格」となった1回目の試作品は、全部で2,000セットありました。
カモ井は、これら全てをそのまま廃棄するのはもったいないと考え、その一部を彼女たちに寄贈しています。
そこで、3人の女性は、「MT マスキングテープを使った作品展に隠れてロバロバカフェで、もう一つのマスキングテープのイベント、急遽開催決定(協賛 カモ井加工紙)」とインターネット上で告知し*3、2007年4月に“MT 20 limited color market”と称するテスト販売を5日間ほど行いました。
その際、来店客を対象に人気のある色をアンケート調査し、また年齢や職業別の購買実績データをとり、それらの結果を全てカモ井に提供しています。
もちろんカモ井に頼まれて行ったわけではなく、全て彼女たちの自発的な行動でした。
その結果を見て、谷口さんと高塚さんは、より確かな手応えを感じたといいます。
カモ井に対する彼女たちの協力は色の選定や試作品のチェックだけではありませんでした。
最終的に“mt”というブランド名で販売されることになった新製品のロゴを決めたのも、また商品パッケージのデザイン制作を行ったのも、グラフィックデザイナーの辻本さんでした*4。
こうした経緯を経て、2007年11月、雑貨としてのマスキングテープが完成しました。
しかし、製品が完成しただけではビジネスになりません。
これを事業化するには、まだ乗り越えないといけない壁がいくつかあったのです。
この続きは次回。
*1:日東電工、住友スリーエム、カモ井、ニチバン、ニトムズ、積水化学工業、リンレイテープの7社。
*2:各会場の来場者については記録が残っていませんが、東京(経堂)のロバロバカフェでは、実質10日間の展示期間中に、500人から700人くらいの見学者がいたと推定されています。
*3:告知は、辻本さんの自主制作本“Booklet”の販売サイトと、ソーシャルメディアのmixi上でのみ行われました。
*4:この部分に関しては、カモ井は辻本さんに仕事として依頼を行いました。以降、彼女とはビジネス・パートナーの関係になりました。但し、“mt”の企画・制作そのものに関しては、3人とも一切、その対価を受け取っていません。