情報の粘着性
前回のブログ記事で、カモ井以外の同業他社(6社)が3人の女性によって持ち込まれた「頼みもしないアイデア」にポジティブな反応をせず、当分の間、雑貨用途市場への参入も行わなかったのは、需要が不確実な中、補完資産へ投資しないといけないという問題があったからという話をしました。
では、なぜ当該メーカーにとって雑貨用途は需要の不確実性が高かったのでしょうか。
考えられる可能性の一つとして、製品の機能評価そのものが困難であったことが挙げられます。
工業用途のマスキングテープは、企業ユーザーの使用場面に応じて、それぞれに適した粘着度や剥がしやすさ、ちぎりやすさなどが求められます。
つまり、これらがマスキングテープという製品の性能次元であったわけです。
ところが、3人の女性ユーザーが発見した性能次元は「可愛らしさ」でした。
だからこそ、mtの発売以降、雑貨市場における製品進化の方向性はその一点に向かうこととなったのです。
最近のマスキングテープ
言うまでもなく、こうした評価次元は、工業用途の既存ユーザーから求められる類いのものではありません。
たとえ同じマスキングテープであっても、雑貨用途と工業用途では単にユーザー属性が違うだけでなく、性能次元も異なっているのです。
性能次元の違い
そのため、その背後にあるユーザーが直面していた問題を正確に汲み取ることができなかったと考えられます。
(少し小難しく聞こえるかもしれませんが)経営学の言葉を使うと、ニーズ情報の粘着性の高さが製品機能の理解を困難にしていたと言えます。
この「情報の粘着性」*1は、ユーザーイノベーションという現象を理解する上で最も重要な概念の一つです。
一般的に「情報の粘着性が高い」というのは、イノベーションを行うのに必要な情報がそもそもどこにあるのか分からず、分かったとしてもそれを引き出すことができず、引き出すことができたとしても、その意味が理解できず、意味が理解できたとしてもその情報を操作することができないといった、これら全ての状況を含んでいます*2。
マスキングテープのメーカー各社は、3人の女性が1冊目の自主制作本、“MTGB”を送付してきたことでニーズ情報の所在とそれに対するユーザーの創造的解決法を期せずして知ることとなりましたが、その意味を理解することができなかったのです。
E社が “MTGB”の中で、3人の女性がマスキングテープのことを「可愛い」と表現しているのを見て、「正直気持ち悪いと思った」というのは、そのことを象徴しています。
以上のように、メーカーにとってのニーズ情報の粘着性の高さが需要の不確実性を増大させ、その結果、補完資産への投資が困難となり、事業化に至らなかったと考えられます。
次回以降、なぜカモ井はこうした問題を克服できたのかについて、お話します。