ユーザーイノベーション教室

ユーザーイノベーションについて、分かりやすくお伝えします。

事業化をもたらした「ユーザー側」の要因(2)

前回のブログ記事で、カモ井が雑貨用途のマスキングテープ事業化した背景には、新規事業に対するモチベーションの高さというメーカー側の要因だけでなく、ユーザー側の要因もあった点を指摘しました。

その一つが、

  • 3人の女性が雑貨用途のマスキングテープ需要を創り出し、それを顕在化させる活動を行ったこと

であり、それによって需要の不確実性が低減したことを、事例を振り返りながら議論しました。

ユーザー側の要因をう一つ挙げるとすると、製品開発段階において3人の女性が果たした貢献も少なくありません。

具体的には、カモ井は3人の女性に対し、もし仮に新色を20色作るとしたら、どんな色がよいかと尋ねています。

それに対し、彼女たちはグラデーデョンが最も重要と考え、それを踏まえた提案を行いました。

それも「淡い黄色」などといった曖昧な表現ではなく、DICの色見本帳を使い、ピンポイントで指定しました。

さらに個々の色に対し、銀鼠、牡丹、萌黄といった名前までつけていました。

これらは、既存の工業用途においてカモ井が蓄積してきた粘着技術に関するノウハウとは全く異なる知識でした。

以降も、試作品のチェックブランドロゴの作成パッケージのデザイン制作など、当時、カモ井が有していなかった知識やノウハウの面で全面的に彼女たちからの協力を得て、上市にこぎつけています。

 

f:id:shorikai:20160330104410j:plain

初代mt

 

経営学の言葉で言うと、この一連の過程で、彼女たちは、カモ井にとって粘着性の高いニーズ情報を機能要件に翻訳したのです。

この点は重要です。

いくら彼女たちが需要の創造とその顕在化を行い、それによってカモ井にとっての需要の不確実性が軽減したとしても、メーカーにとってのニーズ情報の粘着性の高さという問題は依然として残っています。

この問題が解消されない限り、効果的な製品開発は困難であり、それ故、(生産技術や販売チャネルといった)補完資産への投資に踏み切ることは難しいと考えられます。

それが、彼女たちが製品開発プロセスに加わることで解決されたのです。

このように3人の女性が製品開発に積極関与し、リードユーザーの知識が有効に活用されたことで、カモ井は潜在的な消費者ニーズを的確に具現化した製品を開発することができました。

換言すると、彼女たちの協力なしに、カモ井単独で雑貨用途のマスキングテープを開発するのは当時としては現実的には困難であったと言えます。

これまでの議論は以下のようにまとめることができます。

まず、ユーザーによる用途革新「頼みもしないアイデアという形でメーカーに持ち込まれた場合、メーカーは需要が不確実な中、補完資産に投資しないといけないという問題に直面します。

カモ井以外のメーカーについては、ニーズ情報の粘着性の高さが製品機能の理解を困難にし、需要の不確実性を増大させていました。

さらに新規事業に対するモチベーションがカモ井に比べて低かったことから、用途革新の事業化に必要な補完資産への投資に至りませんでした。

一方、カモ井は、

  • 第一に主力事業の売上依存度と当該事業の成熟度が高かったことから、新規事業のモチベーションが相対的に高かった
  • 第二にリードユーザーである3人の女性が当時まだ市場に存在していなかった需要を自ら創り出し、それを顕在化させる活動を行ったことで、需要の不確実性が低減した
  • 第三に製品開発過程に彼女たちが参画したことで、リードユーザーの知識が有効に活用され、粘着性の高いニーズ情報の機能用件への翻訳が行われた

これら三要因によって、補完資産に対する投資が誘発され、当該用途革新はカモ井によって事業されたと考えられます。

以上のことから、用途革新に関するユーザーの「頼みもしないアイデア」がメーカーによって事業化される(されない)メカニズムについて、下ののように整理することができます。 

(文字が小さくて、少々見え辛い点、どうかご容赦ください)

 

f:id:shorikai:20160330105329j:plain

 

さて、これまで長きに亘ってマスキングテープの用途革新の事例を取り上げてきました。

後半は経営学の専門用語(「補完資産」「リードユーザー」「情報の粘着性」etc)が多く、小難しく感じた方もいらしたかもしれませんが、事例を通して

 

1)ユーザーイノベーションとはどういうものか?

2)どういったときユーザーイノベーション事業化されるのか(されないのか)?

 

について「なるほど」と思っていただけたとしたら幸いです。

次回は釣り道具の用途革新をご紹介します。

一口に「用途革新」と言ってもその形態は様々で、比較すると製品としての見た目以上に違いがあることがこの事例でよく分かります。